備中玉島案内「玉島・良寛会館」・良寛さん・歴史・風景



カテゴリ:[ 趣味 ]


54件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[46] 玉島円通寺(岡山県・倉敷市)は苔の宝庫です。

投稿者: 西 廣行 投稿日:2018年 4月 1日(日)08時46分51秒 dhcp241-54.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

玉島円通寺(岡山県・倉敷市)はこけのほうこです。やく30種類のコケがあります。
縦間のコケを撮りました。
3/31 9:13  1/80 f 7.1 42.5mm  iso 800
三脚がなかったので、感度を800にあげ撮影しました。 1/80がギリギリのシャッタースピードでした。三脚は必需品ですね。

良寛さんの修業した寺、玉島円通寺(岡山県・倉敷市)のお問い合わせは「NPO玉島ガイド」にどうぞ

http://yahoo.jp/box/5jDKu9




[45] 海の見える桜の名所・

投稿者: 西 廣行 投稿日:2018年 3月31日(土)21時06分59秒 dhcp241-54.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

海の見える桜の名所・・・玉島円通寺(岡山県・倉敷市)
・どちらさまも桜が満開ですね。
・海の見える桜の名所があります。
・玉島円通寺(岡山県・倉敷市)には400本の桜が咲き乱れています。
・借景は瀬戸内海です。
・春はスモッグで遠望が難しいですが、雨上がりには四国が見えます。



[44] 苔の備中玉島円通寺

投稿者: 西 廣行 投稿日:2018年 3月24日(土)06時12分0秒 dhcp241-54.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

苔の備中玉島円通寺
本堂の横、裏から沢山の苔があります。苔の寺ですね。今が見頃です。時間を見つけおいでください。

・お問い合わせは、「NPO玉島観光ガイド」へどうぞ

http://yahoo.jp/box/5jDKu9



[43] 玉島1000人の大歌声喫茶。

投稿者: 西 廣行 投稿日:2018年 3月 4日(日)22時35分48秒 dhcp249-26.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

玉島1000人の大歌声喫茶。
毎年1回開催します。
・新宿ともしび、ベイビーブー、市長も参加します。
・ベイびーぶー
・市長も歌いました。
・玉島の歌声のメンバーです。
・ご苦労さんでした。

http://yahoo.jp/box/5jDKu9



[42] 玉島湊

投稿者: 西 廣行 投稿日:2018年 3月 1日(木)08時26分10秒 dhcp249-26.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

静かな海・・玉島港  2/28 am 6:30
玉島の観光ガイド、撮影などのご相談はNPO法人備中玉島観光ガイド協会へどうぞ
090-7500-3574  西 廣行


pentax k-x
smc pentax DAL 18-55mm

http://yahoo.jp/box/5jDKu9



[41] 備中玉島円通寺案内-11 

投稿者: 西 廣行 投稿日:2018年 2月 2日(金)08時43分14秒 dhcp248-214.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

石庭から圓通寺本堂に向かう途中に手水鉢があります。時間があるときはこちらを使ってもらいます。大体の人がうまく使えます。時間がない時はパスします。

http://yahoo.jp/box/5jDKu9



[40] 備中玉島円通寺案内-10 石庭

投稿者: 西 廣行 投稿日:2018年 1月29日(月)12時31分23秒 dhcp191-116.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

江戸時代から備中玉島円通寺の見どころに石庭があります。自然石が連なり、池やつつじ、杜若の花々など素晴らしい風景に見とれます。
私たちがお客様をご案内の時には、石のカメを探してもらいます。3匹のカメを見つけるとよいことがあるそうです。また正面には、良寛さんが生まれたのと同じ年に建立された、倉敷市重要文化財「青銅露座地蔵」があります。
良寛さんが石庭の池を漢詩に読んでいます。

風雪七度送年光
蓮漏水枯半凋傷
此日有誰憐酔客
拝來憶旧金仙牀

7年の歳月が過ぎ去ったが、なじみの水時計が涸れ、
半ば傷み荒れている。この日、殿上で禁酒のお札を見たが
酔客に同情するものはいないと見える。本尊を拝んでから、こんな
札のなかった以前の寺の禅床が懐かしく思い出される

備中玉島円通寺のガイドは、NPO法人備中玉島観光ガイド協会にご相談ください。
hirokun1195@gmail.com

http://yahoo.jp/box/5jDKu9



[39] 覚樹庵跡と良寛椿

投稿者: 西 廣行 投稿日:2018年 1月21日(日)23時23分11秒 dhcp176-91.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

良寛椿・覚樹庵・竹林
円通寺時代の後期、良寛が諸国行脚にでては帰山していたころに
住んでいたのは蓮池の上にその礎石の残っている覚樹庵であったという
この覚樹庵は明治の末取り払われて、その跡には今、八重小輪の椿の古木が高く
そびえている。良寛が朝夕この椿を愛でたという意味をこめて、良寛椿となずけられた。
椿の種類は「見驚」
・良寛歌碑(赤松月船筆)昭和56年歌碑
形見とて何かのこさむ春は花 夏はほととぎす 秋はもみじば
洞松寺赤松月船和尚筆

http://yahoo.jp/box/5jDKu9



[38] 県下第二位名勝地記念石碑

投稿者: 西 廣行 投稿日:2018年 1月15日(月)14時11分30秒 dhcp176-91.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

県下第二位名勝地
 弁天池の傍らにこの碑が建っている。現在の円通寺に係わる大切な記念碑である。
中国民報社の主催で、昭和四年十一月のことである。(『山陽新聞七十五年史』)
 四年九月、中国民報社は後楽園を除く十二勝以下、二百余の遊覧地を投票によって選
んだ。投票は三四四万九千十一票に及んだ。(十一月五日締め切り)
 1.鬼ヶ岳(497,822)  2.円通寺公園(262,060)
 3.阿哲峡(223,565)  4.牛窓公園(216,299)
 5.箆取神社海岸  6.香登臥龍松  7.芳井天神峡  8.西大寺観音院
 9.高松公園  10.酒津水門  11.王子ヶ岳  12.奥津温泉
 昭和四年は、山陽新報社の創立五十周年にあたり、当時は新聞社による各種の催し物
が競争されていたので、中国民報社によるこの催し物もその一つではないかと思われる。
 これが後の「瀬戸内海国立公園」指定(S.9年3月)に繋がるのである。
 ほかに「大典記念岡山県十傑」投票とか「県下一周ボールの旅」なども昭和四年前後
にかけて行われた。
 ついで山陽新報社は「岡山県下十勝十五景」の投票(10年9月~11月6日)を行
い一億二千万票を集めた。一位鹿久居島一千万票であり、なお二十秀を追加した。
 これは山陽新報社が以前企画した「御大典記念岡山県十傑投票」(三年)と同じ形式で
投票をおこなったものである。
 ちなみに「鬼ノ城」は十五景の二位、「円通寺」は十五景の九位に選ばれている。
なお「鬼ノ城」には、「岡山県十五景地」と書かれた銅板が昭和十二年四月が鬼之城優
勝会によって建てられている。

http://yahoo.jp/box/5jDKu9



[37] 大方広仏華厳経 

投稿者: 西 廣行 投稿日:2018年 1月14日(日)20時58分42秒 dhcp176-91.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

郷土史家・大月先生談


大方広仏華厳経        「花で飾られた広大な教え」
 山門を潜り弁天池を過ぎて石段にかかるあたりに、(名勝地円通寺中国地方第二位の
碑がある。付近には古びた灯籠や石組みも残っているのが目にとまる。)
 (その中で一基の石柱に大方広仏華厳経と書かれたのが印象的で、思わず足をとめる。
年月日も寄進者の名前もない、なにも手掛かりもないので余計に気を引かれる。)
 碑の文字は篆字で、正面は「大方広仏華厳経」と経名、左側面「三唱因縁難思議」
裏面「曽向滄溟下浮木」、最後の右側面「夜濤相共接盲龜」と書かれています。
 読み下せば「大方仏を広む華厳経 三唱すれば因縁思議し難し 曾って滄溟(そうめい)に向か
って浮木を下す 夜濤(よるとう)相共に盲龜に接す」(「玉島の景観と文化」昭和五十二年)と
なるようです。
※ 「盲龜と浮木」の例えは、「涅槃経」、「梵網経」、「阿含経」、「雲門録」等々
引用される例は多い。
 さらに石書般若経塔に「般若波羅密 能消長夜昏 盲亀値浮木 誰不拝朝暾」(般
若波羅密は 能く長夜の昏を消し 盲亀の浮木に値ふ 誰か朝暾を拝せざらん)の語
が国仙和尚によって書かれている。
> ところで、碑の形、文字の古さ、文面の内容などからこれは開祖徳翁良高師が書か
れたものではないかと云う疑問が以前からあった。
○ たまたま『徳翁高禅師語録』のなかに「五濁海中一眼の龜漂流して浮木実に逢うこ
と希なり唯称す弥陀生極楽夜濤相接して共に帰を同す」(念仏其二)、「跛龜盲龜」
(其三)などの語もあり、開祖良高師が円通寺開山に当たって、自分の布教に対する
願いを表したものとみて差し支えないのではなかろうと思われた。
> 『華厳経』には「信は道の元、功徳の母と為す」と、「信」は重要な位置が与えら
れている、人間にとって「信」はすべてのかかわりに於いてすべてを決定していく前
提である。大乗寺内部の同門から徳翁に対する感情的、思想的、派閥的な理由をもっ
て、徳翁を大乗寺から追放する動きがあった。そうした徳翁の歩いてきた道程を暗示
するものではないだろうか。そうなれば山門の「不許葷酒入境内」の石碑と一対とな
るわけである。長い間の疑問が氷解したわけである。
○信心は発し難いものであり、さかのぼって、正しい教えを聴く機会に恵まれること
はさらに難しいものである、これは新しく寺を開山するに際しての表明ではないか。
>『華厳経』には「信は仏道に入る第一歩である」と書かれており、信じることは、
仏道の元となり、その人の功徳の母となるとも説かれている。

http://yahoo.jp/box/5jDKu9


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