備中玉島案内・円通寺・良寛さん・歴史・風景・良寛会館



カテゴリ:[ 写真 ]


120件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[124] 円通寺案内

投稿者: 西 廣行 投稿日:2019年12月 7日(土)09時16分37秒 dhcp176-73.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

玉島のガイドだけでないと思いますが、単なる案内でなく体験、参加の要素を入れるといいようです。玉島圓通寺では坐禅の説明を行いますが、むろん本式でなくこのようなことをするというようにしています。円通寺では良寛さんの修業の話とミックスしお話しします。
歴史を知ると面白い ガイドがいるとよくわかる




[123] (無題)

投稿者: 西 廣行 投稿日:2019年12月 7日(土)05時48分22秒 dhcp176-73.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

備前市観光ガイド協会さんと交流会

12月5日、備前市観光ガイドさんと交流会を玉島で行いました。(備前 29名、玉島 6名)
・午前中わ玉島市民交流センターで玉島の説明を開始し、羽黒神社、通り町、西爽亭、新町とご案内しました。
・昼食は、武田屋湊の出来立て弁当を食べながら交流を行い、それぞれのガイドや悩みなどはない会いました。
・午後は円通寺をご案内し、15;00に散会しました。
・それぞれ意見がありましたが、参考になることは取り入れこれからのガイドに役立てます。黄色ジャンパーが玉島ガイドです。
歴史を知ると面白い ガイドがいるとよくわかる



[122] 北部市民大学・俳句科の皆さんをご案内しました。

投稿者: 西 廣行 投稿日:2019年11月14日(木)23時02分56秒 dhcp191-81.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

北部市民大学・俳句科の皆さんをご案内しました。
・俳句をされている方のご案内は反応がすごく早いので楽しくガイドできます。説明をポイントだけに絞り雑談や対話を重視してご案内です。顔色を見ながら楽しい話に努めました。
・最初の写真は石庭の前でのんびりと話を聞いてもらいました。
・本堂の前でパチリ・・季語を適当に混ぜながら対話型のガイドをします。写真公開の許可をもらっています。
・苔の道でパチリ。円通寺の苔は皆さん素晴らしいといわれます。



[121]

投稿者: 西 廣行 投稿日:2019年11月 2日(土)21時26分18秒 dhcp185-83.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

秋色シーズンですね!
お客様が来られます。お参りをする前に何人かの方に代表で鐘をついていただきます。(必ずお参り前)
あとの方は響きを楽しんでいただきます。
気持ちの良い音が響きます。
備中玉島圓通寺
・ガイドがいると面白い!



[120] 円通寺良寛さん関連石碑-19

投稿者: 西 廣行 投稿日:2019年10月16日(水)23時44分45秒 dhcp249-224.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

円通寺良寛さん関連石碑-19
田代先生追憶之碑
君は田代氏、名は亮介、太白と號す。越後柏崎の人なり。醫を業とし国士の風有り、公共の事に尽力し、久しく大隈侯の知を得て、同仁病院を創設し、與って力有り。推さ被(れ)て理事と為る。常に良寛禅師の人と為りを慕い屡(しば)しば圓通寺を訪ふ。其の修業の地を以て也。詩碑を建つるに及び、周施至らざる所無し。又、所蔵せる良寛の墨跡十二幅を寄す。篤と謂ふ可し。昭和八年二月九日、東京に病没す。歳六十九。後一年にして此の碑を建て永く其の人を憶ふ。銘して曰く
 業は維れ仁術、志、公に報ゆるに在り、良寛の碑を見る。應に君が高風を憶ふべし
昭和九年(一九三四)孟春(正月)辱知(知りあい) 柚木方啓撰并書丹 原拜石刻




[119] 良寛さん石碑-18

投稿者: 西 廣行 投稿日:2019年10月15日(火)18時20分15秒 dhcp178-160.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

良寛石像の前の自然石に刻まれた良寛さんの歌碑がある。文字はライオンズクラブ会員の手になったもので、読みやすい。
 霞立つながき春日をこどもらと手まりつきつつこの日暮らしつ
 心はずむしらべ、胎蕩たるひびきがある。

手毬の長歌

あづさゆみ  はるさりくれば       あづさ弓  春さり来れば
いひこふと  さとにいゆけば       飯乞うと  里に行けば
さとこども  みちのちまたに       里子供   道の巷に
てまりつく  みちのちまたに       手毬つく  道の巷に
てまりつく  われもまじりぬ       手毬つく  我も交じりぬ
そがなかに  一二三四五六七       そが中に  一ニ三四五六七
ながつけば  わはうたひ         汝がつけば  我は歌い
わがうたへば なはつきて         我が歌へば  汝がつきて
つきてうたひて かすみたつ        つきてうたいて 霞立つ
ながきはるひを くらしつるかも      長き春日を暮らしつるかも

反歌
 霞立つ  永き春日を子供らと
 手毬つきつつ  この日暮らしつ

注 あづさゆみ・・・春の枕詞    飯(いい)乞(こ)う・・・托鉢のこと。

かすみたつ・・・春日の枕詞

反歌(はんか)
日本の詩で、長歌の後に詠みそえる短歌。



[118] 円通寺良寛関連石碑-12

投稿者: 西 廣行 投稿日:2019年10月14日(月)20時06分45秒 dhcp178-160.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

円通寺良寛関連石碑-16
円通寺という題の漢詩を刻んだ石碑です。

円通寺
自来円通寺 不知幾春冬 門前千家邑 更不知一人
衣垢手自洗 食尽出城門 曽読高僧傅 僧可可清貧
・円通寺に来ってより幾春冬なるかを知らず  門前千家の邑、さらに一人を知らず  衣垢づけば手自ら洗い  食尽くれば城闉に出づ  かって高僧伝を読む  僧はよろしく清貧なるべしと
・円通寺に来てから何年たったことだろう。にぎやかな玉島のまちの人とも没交渉で、洗濯したり、托鉢に廻ったり、読書したりしている。高僧伝には僧は清貧であれと書いてあったので自分に言いきかせてがんばった。 この詩を読むとおのずから修行に明けくれた良寛の姿が浮かんできます。
・昭和5年から工事に入り6年に完成し、昭和7年にお披露目をしました。当時は大不況で資金集めに苦労しました。この石碑は良寛さんの石碑では最大のものでしょう。高さ5.5mあります。
・是良寛禅師壮時在本寺所作之詩而晩年書也禅師山本氏父曰伊織越後出雲崎人性真率不喜世俗之事歳甫十八入尼瀬光照寺為僧自号大愚我国仙和尚行化越後禅師服其徳乃随而来本寺時年二十有二修禅托鉢道興徳目進不復労鉗鎚国仙付偈曰良也如愚道轉寛騰騰任運得誰看為付山形爛藤杖到処壁間午睡間禅師逍遥自然不敢自矜持時則飛鍚四国九州如此者凡二十年破衲草鞋途逢児童輒興嬉戯及国仙巳寂父亦死乃去還故国歳四十七住国上山五合庵斗室簫然寒素自安薪水自理道行高潔衆益啓之六十移居山下乙子七十寫島崎村木村氏天保二年正月六日寂世壽七十有四葬邑之隆泉寺禅師善師歌薫妙草書江戸老儒亀田嶋斎曽遊越見之歎曰吾見良寛悟草書之妙美後一百年追慕其徳者遐邇醵資以其詩勤石建子此云
昭和五年九月 圓通寺二十五世比丘戒全謹識
           柚木方啓謹書

観光はガイドがいると面白い



[117] 円通寺良寛関連石碑-13

投稿者: 西 廣行 投稿日:2019年10月11日(金)14時55分22秒 dhcp178-160.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

円通寺良寛関連石碑-13

円通寺秋葉宮の上にあります。

時息     良寛
擔薪下翠岑 ・・薪を担いて翠岑(註6)を下る
翠岑路不平 ・・翠岑の路は平かならず
時息長松下 ・・時に息う長松の下
靜聞春禽聲 ・・静かに聞く春禽の声
(註6)翠岑(すいしん) みどりの山八合目

薪を担いで緑の山を下ってくる
山の路は平かではない
大きな松のもとで休んでいく
静かな中にたくさんの春の鳥たちの声が聞こえる

厳しい冬が去り春の喜びがあふれています。北国の人たちにとってはうれしい春です。



[116] 憶在円通時詩碑

投稿者: 西 廣行 投稿日:2019年10月 9日(水)23時12分59秒 dhcp178-160.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

円通寺良寛石碑-10
漢詩・憶在円通時・・良寛堂前
・良寛さんが厳しい修業時代の様子がわかります。その厳しかった修業時代を思い起こし涙するのですが・・

良寛詩碑・憶在円通時
憶在円通時 恒歎吾道孤  運柴懐龐公 踏碓思老慮
入室悲敢後 朝参常先徒  一自徒散席 悠々三十年
山海隔中州 消息無人伝  感恩終有涙 寄之水悠々
思い起こす。若い時、備中玉島の円通寺にいた頃には、自分の修行もまだ徹底せず、常に孤独を嘆いたものである。柴を運ぶときは龐居士のことを思い出し、臼を踏むときは老慮を想い自分を励ました。国仙和尚に道を問うのは人後に落ちなかったし、参禅にはいつも他の弟子に先んじた。円通寺を去り越後に帰り三十年になる。海山隔てた今は円通寺の様子を誰も伝えてくれない。国仙和尚の恩を思うと涙があふれ出てとまらない。悠々と流れる大河もかくやと思われる

ガイドがいると面白い(笑) NPO玉島観光ガイド



[115] 玉島圓通寺良寛さん関連石碑-6  可の偈

投稿者: 西 廣行 投稿日:2019年10月 7日(月)23時17分8秒 dhcp178-160.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

玉島圓通寺良寛さん関連石碑-6  可の偈
良寛三十三歳のとき国仙和尚は良寛にして印可の偈を与えた。修行が十分進んだことを認め、奥義を授けた印として、藤の木を焼いてつくった杖を与えた。このとき真如庵義提尼にも一偈を与えた。

圓通寺本堂前に良寛さん像と印可の偈石碑があります。

印可の偈
附良寛庵主
良也如愚道轉寛  騰騰任運得誰看  為付山形爛藤杖
到処壁間午睡閑  寛政二年庚戌冬  水月老衲大忍(花押)

・私個人的な思いですが、11年の修業を終えた良寛さんに印可の偈が与えられますが、国仙和尚にはこれから先修業し一生托鉢で進む良寛さんの気持ち、生き方がわかっていたのではないでしょうか。寛政2年印可の偈、寛政3年国仙和尚逝去、寛政8年新潟へ発つ。いろんな状況からこのように考えています。


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