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歴史と歴史観

 投稿者:佐藤 博  投稿日:2016年 3月 7日(月)08時29分2秒 FL1-119-241-211-175.stm.mesh.ad.jp
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   アメリカの子供たちが初めて習うアメリカ建国時の歴史は、一般に次のようなストーリーです。『ピューリタン即ち清教徒とも呼ばれた多くのプロテスタントがヨーロッパの因習を捨て、メイ・フラワー号で大西洋を渡りました。信教の自由を求め新大陸の東海岸ボストンに着いたのです。そして旧宗主国から独立を勝ち取り民主主義と自由主義とをアメリカ憲法に定め、その精神を広く世界に知らしめたのです。彼らを支えたのはフロンティア・スピリットです。彼らは先住民の妨害に屈することなく大自然の驚異とも闘い、ロッキー山脈を越えてかなたの西海岸カルフォルニアを目指して幌馬車隊を連ねて行ったのです。これが父祖達の輝かしい西部開拓史の歴史です』…。アメリカの主流が今尚WASP、即ちホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタントの所以です。しかしこれはアメリカの「歴史」ではありません。教育の為の「歴史観」なのです。何故なら実は、もうひとつの歴史が存在するからです。私もプロテスタントですから、プロテストしない訳には参りません。以下は私の調査による史実です。『ヨーロッパで喰い詰めた人々が一旗あげようと大挙して船に乗り、大西洋を越えて新大陸を目指しました。最初の年は冬を越せそうもない食糧危機に陥りました。先住民はこの時、トウモロコシなどの食べ物をこぞって持って来てくれたのです。新大陸に渡った人々の多くがクリスチャンであった為、彼らは聖書を開き神に感謝の祈りを捧げるのにやぶさかではありませんでした。これがアメリカ最初のサンクス・ギヴィング・デイのルーツです。しかしインディアンと蔑称された先住民に対しては異教徒であるが故に、殆ど感謝の念すらありませんでした。逆に行く先々で出くわす彼らが邪魔になり、躊躇することなく赤い肌の異教徒達を殺し始めました。効率よく殺す為には当時のアメリカ大陸には存在しない天然痘や発疹チフス、コレラ菌に感染させる事までしたのです。わずかに残った先住民は柵で囲った居留地に封じ込められました。そこを脱走する者は射的代わりにされたのです。西海岸に到達するやフロンティア・スピリットは益々高揚し太平洋に浮かぶハワイ諸島にも眼を付けました。結局ハワイ王国を丸ごと拉致しアメリカ五十番目の州に編入したのです。彼らが誇りとするフロンティア・スピリットは留まる処をしらず、終には太平洋のその先の中国大陸の利権をも欲したのです。しかしこの時に問題が生じました。ユーラシア大陸の東端に防波堤の如くへばり付く島々の中に古から住んでいた、日本人の存在です。最後に出くわした黄色い異教徒達は彼らのフロンティア・スピリットをもってしても、過去最強の敵になったのです。日本刀なるものを振り回し、神をも恐れない類まれなうなじのこわい民族だったからです。今回の異教徒達を黙らせるには人類史上初の原子爆弾の使用、それも二発分を要した程だったのです』…。これは史実であり私が書いた小説ではありません。否、本当は歴史の解釈権を巡る歴史観と歴史観の衝突です。そういう意味では、歴史とは何かという問題になりそうです。
さて、過日私は引退されたある牧師の証を聞く機会がありました。八十五歳になる方で東京神学大学の出身です。四十年以上に渡り日本各地の教会で奉仕されて来られたとの事です。しかし、こと日本人への福音宣教に関して言えば、何かが何処かが微妙に可笑しいと心に引っ掛かるものを感じていたそうです。そのきっかけは台湾のキリスト教会訪問時の出来事だったそうです。戦時中に於ける旧日本軍が行ったと聞かされて来た数々の残虐行為に対し、同じ日本人として、且つ又ひとりのクリスチャンとしての謝罪をした時の事だそうです。訪問団を代表して謝罪し、土下座し許しを乞うたそうです。そうするものだというのがいわば暗黙の常識であり、そうしなければならないのが日本人の良心であると信じていたとの事でした。処が帰りしなに現地教会の長老であるひとりの老人が姿勢を正し、突如『天皇陛下万歳!日本万歳!』と諸手を挙げて叫んだというのです。腰を抜かさんばかりに驚いたとの事です。そして、『愛する日本の兄弟達よ、いつまで謝れば気が済むのか。もっと歴史というものを勉強してからまた来なさい』と流暢な日本語で言葉を掛けられたというのです。
歴史とは、そんなものかもしれません。似たような話を探すつもりなら、いくらでも有りそうです。であれば、日本のキリスト教界(会)に於いてまことしやかに流布しているあの常識とは一体なんだったのかと、今や問い直す時期ではないかという問題です。私は「歴史と歴史観」について、此処に薀蓄を傾け自説を展開したい訳ではありません。時折りそれらの下から透けて見える思わせぶりな思想やそこから匂う異臭に対し、いつも或る種の違和感を覚えるのです。それらが放つ臭いは、私が知っているキリストのかおりとは異なる臭いだからです。その思想にしても、善悪二元論的手法による「教えの風」とでも言うべきこの世のイデオロギーにしか思えないのです。そんな手法によって担保された歴史観だけをお墨付きの歴史にしようとする魂胆が見え見えです(Ⅱコリント2:14-17)。この世の歴史観を神学武装し歴史に見せかける事によってほくそ笑む者は一体誰なのかというのが、クリスチャンが考えるべき本当の問題です。
これは日本人の救いを阻み【ほかの福音】へと誘導する為に天から落とされた者共が仕組んだ、対日本人用の罠ではないかと思わずにはおれません(ガラテヤ1:6-9)。特定の思想や歴史観を鵜呑みにし、あたかも信仰箇条の如く信奉させようとすること自体が一種のファシズムであり、非聖書的発想による異端の常套手段だからです(使徒15:1-29、黙示22:18)。史実を検証し裏を取り自分で立ち上げた歴史観ならばまだしも、大体は誰かの受け売りに過ぎません(ヨハネ18:33-35)。ジャーナリストの櫻井よしこさんは『歴史音痴は国会議員を止めよ』と糾弾したこともあります。国の将来を危うくするからです。ならば私も『歴史音痴は牧師を止めよ』と言わざるを得ません。自分ひとりが勝手に信じて躓くだけなら自業自得というものですが、先生という名の下に未だ眼もよく見えない信仰の幼子達をも巻き込んでしまうからです(マタイ23:8,13)。同じように先生と呼ばれる国会議員はせいぜいこの世の問題を在職期間中に云々するだけの話ですが、牧師はそうではありません。永遠に関する事柄を神の承認と御名の下に語らなければならないからです。
 歴史は唯一であり取替えはききません。過去の歴史は変更不能であり、そのような意味では歴史にifはありません。しかし歴史観は無数であり国の数だけ、人の数だけあるのかもしれません。歴史観は至るところにifを立てることが可能です。戦争ともなれば、双方に真逆の歴史観が出現するのはこの世の常識です。歴史観とはまた歴史を考えようとする時に必要な最初の手懸かりでもあり、言わば前提です。前提とは立証以前の仮説でもある訳ですから、歴史そのものと歴史観とは分けて扱わなければなりません。前提を結論として物事を考えてはなりません。その歴史観に適う史実だけしか見えなくなるからです。その結果が堂々巡りです。巡れば巡る程に歴史と歴史観との区別さえ付かなくなってしまうのが人間です。こと信仰者の場合はその前提が信仰にも成り得るのですから、尚も厄介です。譬えてみれば、生まれながらの赤ん坊の眼に掛けられたサングラスのようなものです。それが赤い色だったとしても、外さない限り赤いとは何かというのが理解不能であるのと同じです。それが歴史観です。ですから福音の伝道者たらんとする者は自らが信じる歴史観を直視し、出来れば一度位は外してみて、それが何処から来たものか歴史を始められた神に尋ねなければなりません。私にさえ答えて下さった神は分け隔てのない御方ですから、誰にでも答えて下さる筈です。
また信仰者が歴史観を云々する際に肝に銘じておくべきは、実はその全てが人間の後知恵による産物でしかないという事の自覚です(マタイ23:29-31)。歴史観とは歴史を考える際の前提でありながら、その前提が実は後で考え出されたものであるという事です。重ねて信仰者が断じてやってはならない歴史解釈が、善悪判断をそこに持ち込む事なのです。土台罪人の善悪によって歴史を裁断することが出来る程に、人は賢い存在ではありません。歴史の中に人間の道徳律を持ち込むこと自体が、生得的罪人の印であった事も忘れるべきではありません(創世記3:22)。いずれも聖書の命ずる処であり、私の思い付きによる思想ではありません。
では多くの日本人のクリスチャン達が福音伝道のつもりで何をしていたかと質すなら、【歴史と歴史観を履き違え、刷り込まれた歴史観を鵜呑みにして検証もせず、仮説でしかない歴史観を結論として援用し、後知恵によって知り得た史実の中から失敗例をあげつらい、確信犯的道徳律をもって…執り成すべき同胞さえも断罪し訴えていた】という事になりそうです。何という勘違いでしょうか。『物事をさかさに考えている』とは、まさに彼らの方だったのです(レビ19:17-18、イザヤ29:16)。結局日本人のクリスチャン達は何処に立っていたのかという事と、一体全体何を見ていたのかという問題になるのです。
そんな宗教信者の眼に映る同胞の姿だからこそ、愛すべき隣人ではなくなってしまったのです。微動だにしない神学信仰の視野狭窄的視座から見える日本人の姿とは、忌むべき偶像礼拝の民でしかなく不節操な多神教徒にしか見えないのです。救われて欲しいと祈る以前に、始めに折伏しなければならないうなじの強い異教徒にしか見えなくなってしまったのです。そこで語られる福音がたとい【福音もどき】になろうとも、自分達の霊的眇(すがめ)の故にそれすら気付かない有様です。彼らが信奉しコルバンに仕立て上げた福音の特約条項がいわゆる自虐史観とも称される、度入りのサングラスだったという訳です(マルコ7:5-13、ヤコブ3:15)。
そういう訳ですから、信仰者は決して歴史と歴史観とを混同してはなりません。クリスチャンが信じている神は歴史を開始された神であり、歴史に介入されて来られた神であり、歴史を完結することが出来る唯一の御方です。歴史を司っておられる御方は、聖書と史(ふみ)を歴(へ)た人間の歴史の只中に御自身を啓示された、生けるまことの神だからです(ローマ11:36)。
教団御用達の歴史観信仰へという誘ないはたといそこに作意が有ろうと無かろうと、結局は「福音」信仰から「組織」信仰へとスイッチ・バックさせる為の罠であり、その為の不可逆方程式でしかなかったのです(マタイ16:6,12、Ⅰコリント5:7-8)。
『いつも学んではいるが、いつになっても真理を知ることのできない者たちです』と叱責されない為の学びとは、本当の敵に立ち向かう為に必要な学びとは、組織神学概論とかギリシャ語文法といった机上の学習ではなさそうです(エペソ6:11-17)。増してや説教学でもありますまい。伝道者たる者が履修すべき科目は歴史哲学であり、歴史とは何かを考えさせる為の一般教養です。それに加えての一般常識です。福音は超常識ですが、非常識なものではありません。カール・バルトの言葉にも「右手に聖書、左手に新聞」というのが有るとの事です。しかしその新聞が教派教団の機関紙に他ならず、教条新聞や律法新聞また道徳新聞であるかもしれません。それを点検する為の講座が、メディア・リテラシーです。誰にでも独学可能です。いずれにしても、リテラシーとは人間の常識です。だとすれば日本人クリスチャン達が謝罪行脚のその前に為すべきは、自分達が『どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて、初めの行い』に戻らねばなりません(黙示2:2-7)。謝罪と悔い改めもまた歴史と歴史観同様、履き違えてはなりません。
結局最終点検の指標は、聖書しかないという事です。何故なら『聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です』(Ⅱテモテ3:16)。そして『御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです』(Ⅰコリント2:6-10)…。アーメン!
 
 
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