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これから押し返していきましょう

 投稿者:なでしこクリスチャン  投稿日:2017年11月 2日(木)18時15分27秒 cc221-121-203-191.ccnw.ne.jp
返信・引用
  この様なホームページを見つけ嬉しく思っています。
幸い私が若い時に出会った教会は自虐史観や反日を教えることは全くない教会でした。

ネットが広まり、事実を知る若者が増えました。

大声で論争をし、手を出す事もいとわないのが残念ながら大陸側の民族の文化です。
彼らは国連にも政治家にも日弁連にも食い込み大きな力を持っています。
お人よしの日本人ですが、争いを好まない日本人ですが、事実を曲げてまで相手に頭を下げる事が正しい事でないことは明らかです。
どんどん力を持ち、声を上げ、これから押し返していきましょう!

一緒に行動できる政治家さん、ジャーナリストさん、弁護士さん、教師さんは沢山おります!
ぜひ、声をかけていただきたいのです!
この様な事実を述べるクリスチャンがいることに反日を行ってきたクリスチャンは脅威を感じるかもしれません。
こちらが力を持てば、相手が政治的なイデオロギーで行動しているのでなければ、行動を改めざるおえなません。
もう黙っているのはよしましょう!
 
 

Re: (無題)

 投稿者:山桜花  投稿日:2017年10月16日(月)09時27分52秒 124-159-193-142.ppp.bbiq.jp
返信・引用
  東住吉キリスト集会をお勧めします。反米・反イスラエル・反日思想に同調する教会群の主張に困惑されている方は、メッセージを一度ご視聴ください。「高原剛一郎 東住吉キリスト集会」をyou tube で検索していただくと、メッセージが視聴できます。  

(無題)

 投稿者:旅人  投稿日:2017年 9月10日(日)07時26分22秒 KD182250246229.au-net.ne.jp
返信・引用
  こんにちは。こちらのサイトを知り、掲示板を読み、共感しました。私は複数のプロテスタントの牧師から日本人は韓国に酷い事をした、謝罪するべき、日本の発展は韓国の犠牲の上にあると語る牧師の言葉に、とてもショックでした。同じ教団の牧師に聞くと、思想の自由だと牧師を擁護しました。プロテスタントは聖書より歴史的思想を重んじる牧師の多さに失望しました。大阪で聖書を純粋に求める教会を探しています。  

(無題)

 投稿者:どこの教会には行くべきか悩んでいるクリスチャン  投稿日:2017年 8月 8日(火)09時44分28秒 ai126170031205.41.access-internet.ne.jp
返信・引用
  反日活動をしているクリスチャンに嫌気がさしてきて、自分がクリスチャンだと言う事が恥ずかしくなるほどです。反日の教会には行きたくないです。でも、反日クリスチャンは、それが神の御心でだと固く信じているようです。聖書の言葉以上に心の中の「確信」を神が与えたものと固く信じて、聖書の言葉をよく調べもせずに、ただ教会の中の大多数の言葉を鵜呑みにしているのですね。
たとえ相手が本当に過去に罪人であったとしても、今現在行っていない過去の事でいつまでも謝罪を求めたり賠償を求め続けるのは、全くクリスチャンらしくないです。それを擁護するクリスチャンも、全く理解できないです。韓国はアジアで1番のキリスト教国家なのだから、日本人がキリスト教を嫌いになるのは当然ですね。
これでは、日本人がキリスト教を嫌いになるのは当然ですね。
 

右向きクリスチャンです

 投稿者:Huchann  投稿日:2017年 1月27日(金)12時47分34秒 KD106159105218.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  掲示板ありがとうございます。
こういう場所があると、心強いです。

反日左翼に染まったキリスト者は、完全に洗脳されてるとしか思えません。
誰か洗脳を解いてあげて下さい。お願いします。
キリスト者が皆、反日左翼と思われるのは心外です。

なんとかしないとと危機感を覚えます。
 

歴史認識問題研究会シンポジウム

 投稿者:西岡力  投稿日:2016年11月22日(火)10時02分37秒 59-166-118-188.rev.home.ne.jp
返信・引用
  学者有志らと共に歴史認識問題研究会を作りました。第1回シンポジウムを以下の通り11月30日に行います。私(本会会員、東京基督教大学教授)も登壇します。ご関心ある方の参加をお待ちします。
歴史認識問題研究会の発足記念シンポジウム
(2016年11月30日 18:30 ? 20:30)
『歴史認識問題にどう立ち向かうか
-ユネスコ記憶遺産「慰安婦」登録への反論-』と題して文京区民センター2-A 会議室にて開催いたします。
登壇者 渡辺利夫(拓殖大学前総長)、高橋史朗(明星大学教授)、西岡力(東京基督教大学教授)、司会杉田水脈(元衆議院議員)

 

JECAの方針・・

 投稿者:侍ジャパン  投稿日:2016年 3月30日(水)15時05分4秒 p536249-ipngn903sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
返信・引用
  JECAを含む福音派の多くが自虐史観の盲信者であり 左翼思考に染まった方々ばかりの
きがしますけどね。 基本的に教会の諸問題にも閉鎖的で自浄作用が無いように思います。
都合の悪い事件や不祥事は信徒から遠ざけル印象しかないです。一度見てしまった肉の牙城に
信ずるにはあまりにも失うものが多すぎた・・
 

歴史と歴史観

 投稿者:佐藤 博  投稿日:2016年 3月 7日(月)08時29分2秒 FL1-119-241-211-175.stm.mesh.ad.jp
返信・引用
   アメリカの子供たちが初めて習うアメリカ建国時の歴史は、一般に次のようなストーリーです。『ピューリタン即ち清教徒とも呼ばれた多くのプロテスタントがヨーロッパの因習を捨て、メイ・フラワー号で大西洋を渡りました。信教の自由を求め新大陸の東海岸ボストンに着いたのです。そして旧宗主国から独立を勝ち取り民主主義と自由主義とをアメリカ憲法に定め、その精神を広く世界に知らしめたのです。彼らを支えたのはフロンティア・スピリットです。彼らは先住民の妨害に屈することなく大自然の驚異とも闘い、ロッキー山脈を越えてかなたの西海岸カルフォルニアを目指して幌馬車隊を連ねて行ったのです。これが父祖達の輝かしい西部開拓史の歴史です』…。アメリカの主流が今尚WASP、即ちホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタントの所以です。しかしこれはアメリカの「歴史」ではありません。教育の為の「歴史観」なのです。何故なら実は、もうひとつの歴史が存在するからです。私もプロテスタントですから、プロテストしない訳には参りません。以下は私の調査による史実です。『ヨーロッパで喰い詰めた人々が一旗あげようと大挙して船に乗り、大西洋を越えて新大陸を目指しました。最初の年は冬を越せそうもない食糧危機に陥りました。先住民はこの時、トウモロコシなどの食べ物をこぞって持って来てくれたのです。新大陸に渡った人々の多くがクリスチャンであった為、彼らは聖書を開き神に感謝の祈りを捧げるのにやぶさかではありませんでした。これがアメリカ最初のサンクス・ギヴィング・デイのルーツです。しかしインディアンと蔑称された先住民に対しては異教徒であるが故に、殆ど感謝の念すらありませんでした。逆に行く先々で出くわす彼らが邪魔になり、躊躇することなく赤い肌の異教徒達を殺し始めました。効率よく殺す為には当時のアメリカ大陸には存在しない天然痘や発疹チフス、コレラ菌に感染させる事までしたのです。わずかに残った先住民は柵で囲った居留地に封じ込められました。そこを脱走する者は射的代わりにされたのです。西海岸に到達するやフロンティア・スピリットは益々高揚し太平洋に浮かぶハワイ諸島にも眼を付けました。結局ハワイ王国を丸ごと拉致しアメリカ五十番目の州に編入したのです。彼らが誇りとするフロンティア・スピリットは留まる処をしらず、終には太平洋のその先の中国大陸の利権をも欲したのです。しかしこの時に問題が生じました。ユーラシア大陸の東端に防波堤の如くへばり付く島々の中に古から住んでいた、日本人の存在です。最後に出くわした黄色い異教徒達は彼らのフロンティア・スピリットをもってしても、過去最強の敵になったのです。日本刀なるものを振り回し、神をも恐れない類まれなうなじのこわい民族だったからです。今回の異教徒達を黙らせるには人類史上初の原子爆弾の使用、それも二発分を要した程だったのです』…。これは史実であり私が書いた小説ではありません。否、本当は歴史の解釈権を巡る歴史観と歴史観の衝突です。そういう意味では、歴史とは何かという問題になりそうです。
さて、過日私は引退されたある牧師の証を聞く機会がありました。八十五歳になる方で東京神学大学の出身です。四十年以上に渡り日本各地の教会で奉仕されて来られたとの事です。しかし、こと日本人への福音宣教に関して言えば、何かが何処かが微妙に可笑しいと心に引っ掛かるものを感じていたそうです。そのきっかけは台湾のキリスト教会訪問時の出来事だったそうです。戦時中に於ける旧日本軍が行ったと聞かされて来た数々の残虐行為に対し、同じ日本人として、且つ又ひとりのクリスチャンとしての謝罪をした時の事だそうです。訪問団を代表して謝罪し、土下座し許しを乞うたそうです。そうするものだというのがいわば暗黙の常識であり、そうしなければならないのが日本人の良心であると信じていたとの事でした。処が帰りしなに現地教会の長老であるひとりの老人が姿勢を正し、突如『天皇陛下万歳!日本万歳!』と諸手を挙げて叫んだというのです。腰を抜かさんばかりに驚いたとの事です。そして、『愛する日本の兄弟達よ、いつまで謝れば気が済むのか。もっと歴史というものを勉強してからまた来なさい』と流暢な日本語で言葉を掛けられたというのです。
歴史とは、そんなものかもしれません。似たような話を探すつもりなら、いくらでも有りそうです。であれば、日本のキリスト教界(会)に於いてまことしやかに流布しているあの常識とは一体なんだったのかと、今や問い直す時期ではないかという問題です。私は「歴史と歴史観」について、此処に薀蓄を傾け自説を展開したい訳ではありません。時折りそれらの下から透けて見える思わせぶりな思想やそこから匂う異臭に対し、いつも或る種の違和感を覚えるのです。それらが放つ臭いは、私が知っているキリストのかおりとは異なる臭いだからです。その思想にしても、善悪二元論的手法による「教えの風」とでも言うべきこの世のイデオロギーにしか思えないのです。そんな手法によって担保された歴史観だけをお墨付きの歴史にしようとする魂胆が見え見えです(Ⅱコリント2:14-17)。この世の歴史観を神学武装し歴史に見せかける事によってほくそ笑む者は一体誰なのかというのが、クリスチャンが考えるべき本当の問題です。
これは日本人の救いを阻み【ほかの福音】へと誘導する為に天から落とされた者共が仕組んだ、対日本人用の罠ではないかと思わずにはおれません(ガラテヤ1:6-9)。特定の思想や歴史観を鵜呑みにし、あたかも信仰箇条の如く信奉させようとすること自体が一種のファシズムであり、非聖書的発想による異端の常套手段だからです(使徒15:1-29、黙示22:18)。史実を検証し裏を取り自分で立ち上げた歴史観ならばまだしも、大体は誰かの受け売りに過ぎません(ヨハネ18:33-35)。ジャーナリストの櫻井よしこさんは『歴史音痴は国会議員を止めよ』と糾弾したこともあります。国の将来を危うくするからです。ならば私も『歴史音痴は牧師を止めよ』と言わざるを得ません。自分ひとりが勝手に信じて躓くだけなら自業自得というものですが、先生という名の下に未だ眼もよく見えない信仰の幼子達をも巻き込んでしまうからです(マタイ23:8,13)。同じように先生と呼ばれる国会議員はせいぜいこの世の問題を在職期間中に云々するだけの話ですが、牧師はそうではありません。永遠に関する事柄を神の承認と御名の下に語らなければならないからです。
 歴史は唯一であり取替えはききません。過去の歴史は変更不能であり、そのような意味では歴史にifはありません。しかし歴史観は無数であり国の数だけ、人の数だけあるのかもしれません。歴史観は至るところにifを立てることが可能です。戦争ともなれば、双方に真逆の歴史観が出現するのはこの世の常識です。歴史観とはまた歴史を考えようとする時に必要な最初の手懸かりでもあり、言わば前提です。前提とは立証以前の仮説でもある訳ですから、歴史そのものと歴史観とは分けて扱わなければなりません。前提を結論として物事を考えてはなりません。その歴史観に適う史実だけしか見えなくなるからです。その結果が堂々巡りです。巡れば巡る程に歴史と歴史観との区別さえ付かなくなってしまうのが人間です。こと信仰者の場合はその前提が信仰にも成り得るのですから、尚も厄介です。譬えてみれば、生まれながらの赤ん坊の眼に掛けられたサングラスのようなものです。それが赤い色だったとしても、外さない限り赤いとは何かというのが理解不能であるのと同じです。それが歴史観です。ですから福音の伝道者たらんとする者は自らが信じる歴史観を直視し、出来れば一度位は外してみて、それが何処から来たものか歴史を始められた神に尋ねなければなりません。私にさえ答えて下さった神は分け隔てのない御方ですから、誰にでも答えて下さる筈です。
また信仰者が歴史観を云々する際に肝に銘じておくべきは、実はその全てが人間の後知恵による産物でしかないという事の自覚です(マタイ23:29-31)。歴史観とは歴史を考える際の前提でありながら、その前提が実は後で考え出されたものであるという事です。重ねて信仰者が断じてやってはならない歴史解釈が、善悪判断をそこに持ち込む事なのです。土台罪人の善悪によって歴史を裁断することが出来る程に、人は賢い存在ではありません。歴史の中に人間の道徳律を持ち込むこと自体が、生得的罪人の印であった事も忘れるべきではありません(創世記3:22)。いずれも聖書の命ずる処であり、私の思い付きによる思想ではありません。
では多くの日本人のクリスチャン達が福音伝道のつもりで何をしていたかと質すなら、【歴史と歴史観を履き違え、刷り込まれた歴史観を鵜呑みにして検証もせず、仮説でしかない歴史観を結論として援用し、後知恵によって知り得た史実の中から失敗例をあげつらい、確信犯的道徳律をもって…執り成すべき同胞さえも断罪し訴えていた】という事になりそうです。何という勘違いでしょうか。『物事をさかさに考えている』とは、まさに彼らの方だったのです(レビ19:17-18、イザヤ29:16)。結局日本人のクリスチャン達は何処に立っていたのかという事と、一体全体何を見ていたのかという問題になるのです。
そんな宗教信者の眼に映る同胞の姿だからこそ、愛すべき隣人ではなくなってしまったのです。微動だにしない神学信仰の視野狭窄的視座から見える日本人の姿とは、忌むべき偶像礼拝の民でしかなく不節操な多神教徒にしか見えないのです。救われて欲しいと祈る以前に、始めに折伏しなければならないうなじの強い異教徒にしか見えなくなってしまったのです。そこで語られる福音がたとい【福音もどき】になろうとも、自分達の霊的眇(すがめ)の故にそれすら気付かない有様です。彼らが信奉しコルバンに仕立て上げた福音の特約条項がいわゆる自虐史観とも称される、度入りのサングラスだったという訳です(マルコ7:5-13、ヤコブ3:15)。
そういう訳ですから、信仰者は決して歴史と歴史観とを混同してはなりません。クリスチャンが信じている神は歴史を開始された神であり、歴史に介入されて来られた神であり、歴史を完結することが出来る唯一の御方です。歴史を司っておられる御方は、聖書と史(ふみ)を歴(へ)た人間の歴史の只中に御自身を啓示された、生けるまことの神だからです(ローマ11:36)。
教団御用達の歴史観信仰へという誘ないはたといそこに作意が有ろうと無かろうと、結局は「福音」信仰から「組織」信仰へとスイッチ・バックさせる為の罠であり、その為の不可逆方程式でしかなかったのです(マタイ16:6,12、Ⅰコリント5:7-8)。
『いつも学んではいるが、いつになっても真理を知ることのできない者たちです』と叱責されない為の学びとは、本当の敵に立ち向かう為に必要な学びとは、組織神学概論とかギリシャ語文法といった机上の学習ではなさそうです(エペソ6:11-17)。増してや説教学でもありますまい。伝道者たる者が履修すべき科目は歴史哲学であり、歴史とは何かを考えさせる為の一般教養です。それに加えての一般常識です。福音は超常識ですが、非常識なものではありません。カール・バルトの言葉にも「右手に聖書、左手に新聞」というのが有るとの事です。しかしその新聞が教派教団の機関紙に他ならず、教条新聞や律法新聞また道徳新聞であるかもしれません。それを点検する為の講座が、メディア・リテラシーです。誰にでも独学可能です。いずれにしても、リテラシーとは人間の常識です。だとすれば日本人クリスチャン達が謝罪行脚のその前に為すべきは、自分達が『どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて、初めの行い』に戻らねばなりません(黙示2:2-7)。謝罪と悔い改めもまた歴史と歴史観同様、履き違えてはなりません。
結局最終点検の指標は、聖書しかないという事です。何故なら『聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です』(Ⅱテモテ3:16)。そして『御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです』(Ⅰコリント2:6-10)…。アーメン!
 

敗戦は敗北に非ず

 投稿者:佐藤 博  投稿日:2016年 3月 7日(月)08時17分58秒 FL1-119-241-211-175.stm.mesh.ad.jp
返信・引用
   日本宣教を妨げているものという命題に関し、体験的に知り得た情報から拝察すれば、それは間違いなく「進化論と自虐史観」という思想であると言わざるを得ません。これらの思想による二重金縛りが敵の戦略であり、本当の原因です。これは思想戦でもあり、神学的方法論でどうにか出来るような類いの話しではありません。
 進化論への共闘は、創造信仰に立脚するクリスチャンでなければなりません。アメリカ人であろうと中国人であろうと、地上の国籍は問題ではありません。しかし自虐史観と戦う為の味方は、絶対に日本人でなければなりません。出来ればクリスチャンであるにこした方が良いのは勿論ですが、無国籍の天国人ではかえって足手まといになるだけです。殊は日本宣教です。ですからその吟味内容は、自分にとっての日本が「only one」であるか、はたまた「one of them」かを自問してみればいいのです。
信仰者であれば本当の敵がサタンであることは、頭ではみな分かっています。処が実際は、さっぱりなのです。何故なら進化論と自虐史観という敵の二大「戦略」に対し、信仰者の多くが「戦術」で立ち向かおうとしているからです。例えば、福音宣教には弟子訓練という神学教育しかないというような早とちりです。これでは、空を打つような拳闘にしかなりません(Ⅰコリント9:26)。
戦争には目的があり、また法則性というものもあります。戦略はstrategyであり、戦術はtacticsです。その為の作戦がoperationです。漢字による表記では似たような印象を持ってしまうのですが、別物です。夫々に階層的な違いもあります。たとい戦術面で全ての戦闘場面に勝利を収めたとしても、戦略面でひとつ失敗すれば、結局は敗北しかないのです。
人間は法則を変えることが出来ません。その辺りの戦争理解が日本人のクリスチャン達には殆んどありません。その結果が目的倒錯です。つまり何の為の戦いなのかということが、長期戦になると途中で訳が分からなくなってしまうのです。旧日本軍の作戦参謀達が好例です。
現在日本の大学で戦争学の講座があるのは、防衛大学しかありません。日本人のクリスチャン達が霊的戦いを戦う為には、まずは地上に於ける戦争論の学びが必要なのかもしれません。戦争とは何かということを知らなければ、戦いようがないからです。戦争と言えば、反対としか答えることが出来ないようでは小学生のレベルです。
また戦争という題目を考えるに際し、決してやってはならない判断というものがあります。それは善悪という基準を持ち込むことです。戦争というものを道徳のカテゴリーに俎上させるのは的外れだからです(創世記2:16)。戦争論を学ぶことが戦争に繋がりかねないとか、自衛隊があるから戦争になるなどといった戯れ言は、消防署があるから火事になる、というのと同じ論理であることも知らなければなりません。平和を作ろうとする者達こそ、逆に戦争というものの仕組みと構造を知らなければならないのです。何故ならば、この霊的な戦いには休戦や調停工作というような選択肢は有り得ないからです。しかし困ったことに、多くの日本人は戦術よりも戦略という言葉が好きで使っているだけではないかと思われる節があるということです。その為か、戦略の本質的な意味が未だによく分からないのです。
経営戦略などという文言も、多くの場合は経営戦術でしかありません。知らないにも拘らず、知っているつもりの人々に正しく知ってもらおうとすることくらい、難儀なことはありません(Ⅰコリント8:2)。「何とかの為の一戦略」といった慣用的レトリックは、おおよそ日本人好みの表記にしか過ぎないのです。殆んどの場合その実態は、戦術のことでしかないのですから要注意です。題目を鵜呑みにしてはなりません。土台、「一」戦略という表現自体が語義矛盾です。戦略というものはそんなに沢山あるものではないのです(ルカ10:38-42)。
戦略とは戦争目的の次に位置するものです。その次が戦術です。tactics は通常単数形の扱いですが、やはりone of themでしかないのです。日本人の国民性をして細部にこだわろうとする余り、大局的な戦略面を見失いがちになるのかもしれません。
広辞苑によれば、戦略とは『戦術より広範な作戦計画であり、各種の戦闘を総合し、戦争を全局的に運用する方法』…とのことです。また戦術とは『戦闘実行上の方策であり、一個の戦闘における戦闘力の使用法』…という解説です。換言すれば、戦略とは『何の為』の戦いなのかを常に意識させようとする或る種の目的論のことであり、戦術はそれをどのように実現し遂行させるべきかを問う、勝つ『為にする』起成論なのです(ヨハネ3:1-12)。
そういう観点からすれば、先の大戦は日本の勝利ということになってしまいそうです。
好きで始めた戦争ではありませんが、日本の國体護持と大東亜の植民地解放という二つの目的だけは共に達成したからです。支払った代償が余りにも大き過ぎたので、日本人は敗北したと思い込んでしまったのです。
以上のことから推察すれば、イエス・キリストの死は敗北なのでしょうか…(イザヤ53:1-12、Ⅰコリント15:50-58)。断じて否です。そのような理解の仕方は、不信者の考え方です。まともなクリスチャンであれば、そうは考えない筈です。
イエス・キリストは父なる神の御心を満足させ(イザヤ53:10)、人間を罪の奴隷と死の恐怖から解放し(ローマ8:2-4)、悪魔の仕業を打ち砕かれました(Ⅰヨハネ3:8)。
全ての目的を達成したのちに、『完了した』と息を引き取られたのです(ヨハネ19:28-30)。支払った代償が余りにも大き過ぎたので、当時の弟子達も、サタンでさえ勘違いしてしまったのです。
私の目には日本の姿とイエス・キリストの姿が一瞬、二重映しに見えてしまう時があります。ユダヤ教のユダヤ人達が、イザヤ書の53章を読んで「苦難のしもべ」とは自分達イスラエル民族のことであると勘違いしてしまうのも、心情的には分かるような気がします(使徒8:26-34)。
日本は先の大戦に於いて、至る処で戦略を間違えました。今でさえ何の為にあのような大戦争をやらかしたのかと思っている日本人は、少なくありません。日本は常に多勢に無勢であるにもかかわらず、矢弾尽き果て、ボロボロになるまで戦術面ではよく健闘したと思います。否、ボロボロに成ってからも尚、戦いを止めようとはしませんでした。
天佑神助にも支えられ、目的だけは立派に完遂したということを、善悪を交えないで、日本人であるクリスチャン達こそ冷静に評価すべき時ではないでしょうか…。
戦争の本質とは勝敗だけを云々するものではありません。目的の必達こそが本当の勝利であるということの聖書的アナロジーを、ここに再確認したいと思うのです。
我々日本人のクリスチャン達がとくに知らなければならないことは、戦術でしかないものをさも戦略であるかの如く誤解させ、信じ込ませようとする策略こそが、実は敵の最終的なカウンター戦略であるということの意味です。これをもって、日本人のクリスチャン達の目と心を騙しおおせるか否かが、…敵の最期だからです。紛れもなく、これこそが思想戦です。我々は、誰にも騙されてはなりません(Ⅰコリント5:11-13)。…アーメン
 

危機的な教会

 投稿者:侍ジャパン  投稿日:2016年 1月25日(月)18時13分2秒 p7224-ipngn3301sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
返信・引用
  日本の教会の腐敗がひどい。 韓国在日教会双方から洗脳攻撃され 韓国式宣教団やムーブメントを通じて日本人の罪悪感をあおり 愛すると称して罪人日本人を上から目線で見る視点・・・
自分らは被害者であなたたちは加害者側という、政教分離を逸脱した思想。出版関係も在日ウリナラ教に汚染され もはやまともな教会 団体はどこに? という状態では?
韓国 北朝鮮の代弁者のごとき牧師や教職。そこに真の福音のエッセンスは皆無です・・・
形や形式 組織運営に縛られ要の福音すら変質させた今の日本の教会にキリストの
居場所はどこにもない気がしますが・・・

http://blogs.yahoo.co.jp/FRONT/mypage.html

 

教会を探しています。

 投稿者:ちこ  投稿日:2015年 9月 1日(火)08時43分3秒 157-14-161-137.tokyo.fdn.vectant.ne.jp
返信・引用
  初めまして、東京在住のクリスチャンです。
現在通っている教会(日本基督教団)の牧師と歴史観が合わず、ずっと悩んでおります。
自虐史観に囚われないお考えを持った牧師の居られる教会に通えれば…と願っています。
出来れば品川区近辺で、皆様のご存知の教会をご紹介頂けると幸いです。
(こちらに投稿すべき内容でなければ、失礼をお許し下さい。)
宜しくお願い致します。


 

運営の皆様、ありがとうございます

 投稿者:西尾 信一  投稿日:2015年 2月17日(火)00時18分43秒 60.114.236.133.dy.bbexcite.jp
返信・引用
  初めまして!西尾 信一と申します。

たぶん、掲示板ができても慎重な方々は書き込みを躊躇されるだろうと思い、
先陣を切らせて頂きます。

私は、クリスチャンホームに生まれ、紆余曲折を経て、
現在も教会に通うクリスチャンで、右側の政治活動をしています。

人を愛する事、他人を愛する事、生まれた町や山川を愛する事は、
国を愛する事とつながりませんか?

安易な国家否定や天皇否定は、共産主義(無宗教)の台頭を許す事にしかなりません。

確かに、何をやっても多くの意味はありません。
すべては神様が采配なさる事です。

しかし、それで良いのでしょうか?

イギリスのUVFの様に、暴力的な戦いは正当化されないでしょう。
神様は、それを望まれないかも知れません。

であれば、平和な保守的な政治活動を行ってもよいと思います。

日本と日本人は、必要以上に貶められており、教会もそれに加担している事は、
全てで無くとも否めないでしょう。

私がなぜ、このように保守的な動きを勧めるのか?
それは、現在の日本での『キリスト教の活動』と言われている人々の動きをみていると、
反日左翼と言われる行動でしかないからです。

本来、宗教は政治と関わり合いになるべきではありません。

しかし、現在の状況を鑑みて、保守的な方向に舵を切らないと、
キリスト教は『反日宗教』として、激減する可能性すらあります。

いくら布教を試みても、これでは意味を為さないと思います。

政治に一切関わりを持たない様に、各キリスト教団の幹部が考えて禁止するか、
保守方向に進めていくかが、本当の布教になると思います。

全ては主の為に!

書きたい事だけ書いて、レスも遅いかも知れませんが、宜しくお願い致します!
 

God bless Japan

 投稿者:Jeff Ku  投稿日:2015年 2月 8日(日)14時11分11秒 114-38-64-182.dynamic.hinet.net
返信・引用
  Hi Brothers and Sisters in Christ

I'm Taiwan, I am a Christian too, I am very touched by the article 二〇一五年夏、私達日本は敗戦七十周年を迎えます。
This year 2015 marks the 70th year after second world war, I'm totally agree with that Japanese people should not continue to mistreat themselves in this regard "自虐史観"
I pray that the Lord of Jesus can free Japan from captivity. I love Japan, there is a very close connection between Taiwan and Japan. May the Lord of Jesus free Japan.
In the name of Jesus

Jeff Ku
 

May the Lord Jesus help Japan

 投稿者:Jeff Ku  投稿日:2015年 2月 8日(日)14時09分39秒 114-38-64-182.dynamic.hinet.net
返信・引用
  Hi Brothers and Sisters in Christ

I'm Taiwan, I am a Christian too, I am very touched by the article 二〇一五年夏、私達日本は敗戦七十周年を迎えます。
This year 2015 marks the 70th year after second world war, I'm totally agree with that Japanese people should not continue to mistreat themselves in this regard "自虐史観"
I pray that the Lord of Jesus can free Japan from captivity. I love Japan, there is a very close connection between Taiwan and Japan. May the Lord of Jesus free Japan.
In the name of Jesus

Jeff Ku
 

よろしくお願いします

 投稿者:小野あづみ  投稿日:2015年 2月 1日(日)18時55分4秒 zaq3a550889.zaq.ne.jp
返信・引用
  『日本を愛するキリスト者の会』の歩み、活動を楽しみにしています。
よろしくお願い致します。

http://azmi.jp

 

掲示板立ち上げ、おめでとうございます!

 投稿者:Tomochan  投稿日:2015年 1月26日(月)17時05分8秒 210.137.72.252
返信・引用
  日本を愛するキリスト者の会の皆様、掲示板立ち上げ、おめでとうございます!
日々、様々な場所で悲しいことが起こっていますが、日本を愛するキリスト者の会が発足しつつあることは、素直に感謝したいと思います。
日本を愛するキリスト者が一つになれる場所ができて、本当にうれしいです。
 

ありがとうございます。

 投稿者:菅野直き  投稿日:2015年 1月23日(金)08時01分50秒 pw126205073052.3.panda-world.ne.jp
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  ご連絡を頂きありがとうございました。早速掲示板を訪問させて頂きました。貴会の発展を期待し、祈念しつつ。
 

掲示板作成しました

 投稿者:久保有政  投稿日:2014年12月30日(火)12時01分58秒 FL1-49-129-166-3.stm.mesh.ad.jp
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   日本を愛するキリスト者の会の会員の皆様のために掲示板を作成しました。
 会員同士の交流、メッセージ、発言等にご利用ください。
 

レンタル掲示板
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